酒田の木工、匠と伝承
民藝運動の創始者・柳宗悦(やなぎむねよし)が命名した「船箪笥」。その名産地だった酒田は、湊町の開放的かつ先進的な生活文化と豊かな経済力により、富裕階級の高度な要求に応える職人を多く輩出。数ある木工技術の中でも特に「指物」が盛んで、齊藤如齋(さいとうにょさい)をはじめとする名工が全国に名を馳せました。船箪笥はその木工技術に金具、塗りの職人が加わって作られますが、今も分業による匠の技が守り継がれています。
船箪笥、からくり種明かし
難船の際に海に投げ出されても浸水しにくいように、また、盗難に遭っても他人に簡単に開けられないようになど、あらゆる場面を想定して作られた船箪笥。その仕掛けを解いてみます。
① ふたつ重ねの帳箱で、写真左は下台の両前扉。扉の召し合わせの部分にU字型の鎹(かすがい)、つまみの菊座の下に丸型の鎖前金具、絵様刳形(えようくりかた)で花菱文様が酒田の箪笥を表す意匠です。外側は頑強な欅材の拭漆(ふきうるし)仕上げ。
② ひとつの箪笥に何本もの合鍵があり、鍵穴にも複雑な構造を施すなど外的なセキュリティは万全。もちろん箪笥ひとつごとに錠前の作りは異なります。
③ 金具の角をヤスリで仕上げた丁寧な仕事が酒田職人の伝統。現在、酒田には金具職人が不在で、後進を育てているとのこと。なお、船箪笥の前面に厚い金具を取り付けてあるのは、海中に投げ出された時に重さで前面が下になり内部の気密性を高めることで、浮き上がるようにするため。
④ 両開扉を開くとタテふたつに分かれ、上が抽斗(ひきだし)、左下は小抽斗が2杯、右下に間口いっぱいの抽斗。内部に使用した桐は空気層を密集した材質が特徴で、保温性・放熱性・気密性に富み、防虫効果も高く、物品の保存には最適。
⑤ 内部の抽斗の引手は角手。船箪笥は、漆を塗っては拭きとる「拭漆」の仕上げ作業によって木目が浮かび上がり、年月を経るごとに風合いを増します。漆、桐ともに火に強いのも特徴。それでは、下の抽斗を開けてみます。
⑥ 一見、抽斗と思いきや、じつは慳貪(けんどん)と呼ばれる磨戸(スライドしてはずす仕様)になっていて、慳貪蓋をはずした中から蓋付抽斗が現れるという驚きの仕掛け。
⑦ こちらはまた別の帳箱。2杯の抽斗の片方を引き出すと、中からさらに箱が登場。内部の桐材は寸法どおりに切り出してあり、空気の入り込む隙間がないほどの高気密。
⑧ さらに別の帳箱。抽斗の奥にはさらに「かくし箱」が仕込んでありました。これらは船箪笥のからくりのほんの一部で、ほかにも「仕込机」「はずし柱」など、知恵と技術を駆使した数々の仕掛けがあります。
※酒田船箪笥の「箪」は旧字体です。